東京の立川駐屯地が関東の防災基地であれば八尾は関西の防災の諸点であり、やはり大阪府内の駐屯地である。父が陸自航空だった為、「八尾」と言う名前は小さいころから知っていたが、父が勤務した事が無かったため殆ど当地とは縁のないまま、具体的な場所も知らない状態でいた。その為逆にどうしても訪れてみたい駐屯地も一つでもあったのだ。2024年は丁度アルバイトの休みも取れたので、夜行バスを使って大阪梅田駅前まで行き早朝電車で八尾へ行くことにした。梅田は私が45年前に就職して、最初に勤務した場所でもあったし懐かしかった・・・
 八尾駐屯地は、中部方面航空隊の拠点であるだけでなく、第3師団傘下の第3飛行隊の飛行場でもあり、恐らく南海トラフ地震など予想される大災害時の防災拠点にもなるはずである。UH-1Jが主力機として頑張っているはずで、これを撮るのが目的でもあった。
中部方面ヘリコプター隊 
第2飛行隊マーク
↑この機体も映像伝送装置を付けていたUH-1J/41823。各方面隊はこうした装置を搭載した機体を24時間体制で待機させており、東日本大震災の時も地震発生から30分程度で離陸して、衝撃的な大津波の映像を送ってきた。最近では衛星経由で映像を伝送できる新型が増えている。
↑ 旋回するUH-1J/41811。映像伝送装置を付けた機体で、胴体下にあるバケツ型の物が映像を地上局へ伝送する伝送出力部分である。この装置を操作するのは専門のカメラ担当1名、ナレーター担当1名、組長(班長)1名が乗り込むそうである。
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↑ 患者輸送を披露する中部方面ヘリコプター隊のUH-1J/41824。演習では人形を使っているが、ヘリの左側面だけで3段の担架を並べる事ができるのが判る。
↑ 偵察隊のオフロードバイク2台を積み下ろしするUH-1J恒例の演目。積載の状況が良く判る。中部方面ヘリコプター隊には2024年に新鋭のUH-2が1機配備されたが、UH-1Jは当面八尾駐屯地の主役の座にあるだろう。
↑ 観閲飛行を終えて観客に手を振りながらエプロンに戻る第3飛行隊所属のUH-1J/41892。
↑ 中部方面ヘリコプター隊の第2飛行隊所属のUH-1Jで唯一機首にステッカーを張っていた。昇降用ステップを付けている事から、展示飛行に使われるものと想像できた。
↑ 八尾駐屯地の入り口。完全に住宅外の中にある様な飛行場で、近くに行かないとここに駐屯地がある等、想像が出来ない。駐屯地祭には大勢のギャラリーが長い列をなした。
Wings
↑ ホイストを使った救助訓練、写っている3名の内2名は女性隊員で、こうした部門での女性進出も目立ってきた。ホバリングの高度はUH-1Jの場合、10mまで降下できる。更に大型のヘリの場合、ローターからのダウンウォッシュの地上への影響から、もっと高度をとる必要がある。
↑ 八尾駐屯地は天候が良いと、エプロンから飛行する機体が逆光線となる。この日は曇っていた為、何とか撮れたが晴れれば多くのギャラリーはランウェイの外で狙う事が多い。但し、展示飛行終了後、各機はかなりの角度で反転して、エプロンに向かうため背中も撮れるのだ。中部方面ヘリコプター隊所属UH-1J/41894
↑ 映像伝送装置を付けたUH-1J/41811。阪神淡路震災の教訓や予想される南海トラフ地震の対応の為、こうした映像のリアル伝送が出来る機体は益々重要性が増す。この機器の正式名称は「ヘリコプター映像伝送装置」と言うが、2000年までには5つの方面隊に全てこの機器の配備が終了したそうである。